スズキ・スイフト ハイブリッドMX(FF/5MT)【試乗記】

スズキ・スイフト ハイブリッドMX(FF/5MT)

クルマって面白い!

驚くなかれ。令和の御代のクルマだというのに、新型「スズキ・スイフト」にはなんとマニュアルトランスミッション(MT)が設定されているのだ! 2ペダル全盛の今、あえてMTを選ぶ理由はあるのか? 実際に乗ってたしかめてみた。

今や希少な実用MT

新型スイフトにはMTの選択肢が用意されている。それはもちろん「スイフトスポーツ」ではなく、普通のスイフトの話である。2024年3月現在の日本国内で、特別なスポーツモデルでもない、ごく普通の国産実用コンパクトカーでMTを新車で買えるのは、スイフト以外には「トヨタ・ヤリス」くらいだろうか。

ご承知の向きも多いように、スイフトは先代でもMTを用意していた。その先代の日本国内におけるMT販売比率は、スイフト全体の5%ほどだったという。ちなみに、下野康史さんが2020年に書かれた記事によると、ヤリスの国内MT比率は約4%というから(参照)、スイフトのほうがわずかに高い。また、国内乗用車市場全体でのMT比率は今や1%前後だそうで、それと比較すると圧倒的に高い。MT車の販売台数はわずかでも、もはや存在そのものが希少なので、それを用意するスイフトやヤリスに需要が集中している面はあるだろう。

先代スイフトの5%というMT比率を、国内販売目標が年間3万台の新型に当てはめると、年間1500台、月間平均125台という計算になる。これは本来であれば「認証や補修部品、整備マニュアルなど、導入コストに見合わないので廃止します」といわれても、まったく文句がいえない数字だ。

しかし、スズキの担当者によると、新型スイフトでは国内MT比率は先代と同等の5%という想定のまま、企画当初からMTの是非にまつわる議論はなかったという。そういえば、スズキは実用軽自動車の「ワゴンR」にもいまだにMTを残してくれている。この種のMTは好事家にあえて選ばれるほか、昔からMTになじんだ高齢ドライバーが「オートマは逆に怖い」という理由で乗るケースもまだあるらしい。こうした少数派に優しいのもスズキの美点だが、同時に無駄金はビタ一文使わないのもスズキの伝統だから、少ない台数でも事業性を確保するノウハウがあるのだろう。

キレはないけどあつかいやすい

新型スイフトでMTが用意されるのは、中間グレードの「ハイブリッドMX」のみだ。最上級の「ハイブリッドMZ」と比較すると、電動パーキングブレーキや本革巻きステアリングホイール、前席UV&IRカットガラス、ディスプレイオーディオ、アダプティブハイビーム(普通のオートハイビームは備わる)などが省かれる。いっぽうで、先進運転支援システムに差はなく、MT車にもアダプティブクルーズコントロールが備わるのは先代から変わりない。

というわけで、新型スイフトのMTをクルマ好き目線で見ると、ステアリングホイールの握りがウレタンになってしまうのが少し残念だが、それ以外に最上級グレードではないことによる大きなデメリットは感じられない。ホイールの意匠はちがうがタイヤそのものは同じだし、手動パーキングブレーキに合わせてリアブレーキもディスクからドラムに変わるが、制動能力そのものに大きな差は感じない。

新型スイフトに搭載される5段MTの操作感覚は先代とほぼ同じ。というか、どことなくゴムっぽい手ごたえや、ミートポイントが曖昧なクラッチペダルの足ごたえは、数十年前からまるで変わっていないのでは……と思わず笑ってしまうほどである。最新MTとしてシフトフィールにもこだわりを見せるスイフトスポーツの6段とは、よくも悪くも別物だ。

とはいえ、あつかいにくさはまるでない。半クラッチ領域が幅広いのか、そこにキレ味のようなものもまるでない。しかし、ヒルスタートアシストはもちろん、クラッチミート時の自動アイドルアップ機能も備わるので、ずぼら運転でも簡単にはエンストしてくれない(笑)。ちょっとローカルな話になってしまうが、首都高の浜崎橋JCTからレインボーブリッジにかけての急勾配(8~9%くらいか)を、制限速度60km/hでトップギア5速(1500rpm)のままシレッとのぼってくれる。しかも、アクセルを踏めば、不平もいわずさらに加速しようとする柔軟性には感心する。

シフト&ペダルの操作は基本に忠実に

この素晴らしい柔軟性は、新しい1.2リッター3気筒エンジンと、国内向けスズキとしては初となるMT用マイルドハイブリッド機構の相乗効果だろう。

もっとも、マイルドハイブリッドそのものの効果を体感するのはむずかしい。アイドルストップからの再始動はたしかに素早く滑らかだが、MT車ではクラッチペダルを踏んだ状態でしか再始動しないので、現実にはメリットを感じづらい。エンジンフィールもしかり。メーター表示で観察すると、高負荷時にはモーターアシストしているようだが、あらゆる加速シーンで必ずアシストが入るわけでもない。

となると、パワートレインに特有の粘り腰を醸成している主役は、やはりエンジンだろう。この新開発「Z12E」型は、高回転での伸びは先代の4気筒にゆずるが、とにかく下からモリモリと柔軟にトルクを提供してくれるのだ。

Z12E型は、CVTとの組み合わせでは徹頭徹尾フラットトルクにしか感じられなかったが、MTだと、4000rpmくらいからグッとトルクとレスポンスを増すタイプということに気づく。それに3気筒ながら高回転までスムーズなので、シフトアップも忘れがちになってしまう。気がつくと4000rpm以上で巡航していた……なんてこともしばしばだった。

ペダル配置は普通。あの“つま先とかかとを同時に使う”ドライビングテクニックは特別やりやすくもないが、やりにくくもない。個人的には、アクセルペダルがもう少し手前にきてほしいが、大きな問題ではない。ただ、先述のなまくらなクラッチに加えて、Z12E型エンジンは無負荷状態でははっきりレスポンスが落ちるので、そもそもああいう運転で溜飲が下がる設計にはそもそもなっていない。シフトダウンが必要なときは、変な色気を出さず、まずはブレーキをしっかりかけるべし……という運転の基本を教えてくれているようだ。

柔軟なエンジンと軽い車重の合わせ技

操縦性や乗り心地は、当たり前だが、CVT車と大きな差はない。ロールが小さいのに接地感は高く、これ見よがしに鋭い旋回はしないが、荷重移動によるコントロール性は高い。また、ブレーキフィールも欧州車風の骨太タイプである。ただ、今回とは別の機会に、同日のテストコース試乗でCVTとMTを比較した経験も踏まえると、水平姿勢のままバネ下がしなやかに路面に追従するフラット感や、ピッと軽く荷重移動させるとスッと速やかに向きを変える一連のレスポンス……といった新型スイフトの美点は、MTのほうがCVTより濃厚で分かりやすい。

それは変速機関連だけでCVTより20kg軽いMTの恩恵だろう。スイフトそのものが、車重900kg台前半が中心のライトウェイトカーということもあり、前軸重だけで20kgという差は小さくない。

また、新型スイフトは最近のクルマとしてはめずらしく、MT車のほうがCVT車より燃費がいい。同じハイブリッドMXグレード(のFF車)どうしのカタログ燃費(WLTCモード)で比較すると、MTが25.4km/リッターで、CVTが24.5km/リッターである。開発陣によると、Z12E型エンジンが幅広い回転域で高効率であるゆえの結果だそうだ。回転数を問わずに高効率だからこそ、MT本来の駆動ロスの少なさや、20kgという軽さも最大限に生きるということか。実際、今回の試乗では山坂道を、エンジンを回しまくって喜々として走りまわってしまったが、乗りかたによる燃費の変動が非常に少ないのも印象的だった。

それにしても、ステアリングとブレーキがしっかりしていて車重も軽いスイフトは、あらためて「クルマって楽しい」と純粋に思えるコンパクトカーだ。しかも、これほど柔軟なMTなら、あえてマニュアル免許を取得した若者の入門用にも好適だ。中高年クルマオタクの筆者としては、頭と体に適度な刺激を求めるご同輩だけでなく、ぜひ若い人にもこのクルマに乗ってほしい。

(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)

テスト車のデータ

スズキ・スイフト ハイブリッドMX

ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3860×1695×1500mm

ホイールベース:2450mm

車重:920kg

駆動方式:FF

エンジン:1.2リッター直3 DOHC 12バルブ

トランスミッション:5段MT

エンジン最高出力:82PS(60kW)/5700rpm

エンジン最大トルク:108N・m(11kgf・m)/4500rpm

モーター:直流同期電動機

モーター最高出力:3.1PS(2.3kW)/1100rpm

モーター最大トルク:60N・m(6.1kgf・m)/100rpm

タイヤ:(前)185/55R16 83V/(後)185/55R16 83V(ブリヂストン・エコピアEP150)

燃費:25.4km/リッター(WLTCモード)

価格:192万2800円/テスト車=231万8800円

オプション装備:ボディーカラー<プレミアムシルバーメタリック>(3万3000円)/全方位モニター付きメモリーナビゲーション スズキコネクト対応通信機装着車(25万0800円) ※以下、販売店オプション フロアマット<ジュータン、スタウト>(1万7820円)/ETC2.0車載器(4万6640円)/ドライブレコーダー<前方録画用>(4万7740円)

テスト車の年式:2024年型

テスト開始時の走行距離:485km

テスト形態:ロードインプレッション

走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)

テスト距離:443.0km

使用燃料:23.2リッター(レギュラーガソリン)

参考燃費:19.1km/リッター(満タン法)/20.8km/リッター(車載燃費計計測値)

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