(桃田 健史:自動車ジャーナリスト)
トヨタ自動車の2024年3月期決算が大きな話題になっている。営業収益45兆953億円、営業利益5兆3529億円と、それぞれ過去最高を記録したからだ。営業利益が5兆円の壁を越えるのは日本企業で初めて。
決算説明会でトヨタは、次の10年に向けた中長期的な経営のあり方について重要な見解を示した。それは、大量生産・大量消費による規模の経済を前提とした経営から脱却する必要性に、多くの企業が直面する可能性だ。トヨタは今後、そうした事業構造改革の先頭を走るという。
それこそが、モビリティカンパニーへの変革だ。
決算発表後の報道陣との質疑応答の際、筆者の質問に最高経営責任者(CEO)の佐藤恒治社長がコメントした。
実際のやりとりは、トヨタのホームページで、当該プレゼンテーションに関する動画で誰でも確認できるが、本稿ではその部分を以下に書き出す。(一部、読みやすさを考慮し編集を加えた)
筆者:モビリティカンパニーに向けた投資という話が出たが、その中で新しい価値としてSDV(ソフトウエア・デファインド・ヴィークル)における戦略的パートナーシップや、エネルギーのデータ等々の話があった。
その上で、現状の事業基盤である『台数ありきの収益構造』から、社会における車の台数を含めた最適化の議論になっていくと思う。
本日の話では、(いまは)足場固め(の時期であり、その上で)10年先を見越したということ。販売のあり方に結びつくかもしれないが、自動車産業の大きな事業変革にむけて、これからどのようにしていくのか?
イメージ論でも結構なので、お話いただきたい。
佐藤社長:モビリティカンパニーへの変換に向けて、非常に大きな事業構造改革が必要であると思っている。ある意味で、自動車産業はこれまでの労働集約型の産業として生産性を高めて、一定の成長を遂げてきた。ハードウェアを効率的に生産して販売し、新車を軸に置いたビジネスとして拡大してきた。
そのビジネスモデルの成長の大前提は、やはり台数規模が伸びていくことによって事業規模が大きくなることだ。
おっしゃられた通り、これからのサステナビリティ(事業の持続性)を視野に入れた社会を作っていこうとした時に、必ずしも大量生産・大量消費が大前提となったビジネスモデルでは、サステナブルな成長はないと思う。
そう考えた時、自動車産業がモビリティ産業に転換できるような構造改革を(トヨタが)促すことが非常に重要だと思っている。
そのために必要なのは、バリューチェーンをしっかり作っていくことだ。
新車(ハードウェア)の価値でビジネスを止めてしまうのではなく、ハードウエアがさらにその先の(新車の商流における)下流側で価値をどんどん生んでいく。その価値でマネタイズできるような事業構造にしていかない限り、数を追うというビジネスモデルからの転換は難しい。
その上で、我々が捉えているSDVは、それを実現していくための鍵だと思う。
そういった事業構造改革を促すうえの前提を作っていく。
そうなった時、バリューチェーンのバリューを生み出すのは、もしかすると自動車OEM(メーカー)ではないのかもしれない。
多くのアプリケーションサービスを提供できるサービサーがたくさんいて、そのサービサーのバリューをモビリティが取り込めるようになっていかなければならない。
そういうパートナーシップを組んだ時、あるいはそういうサービサーがいた時に、モビリティが(各種ビジネスを)繋げるような環境を作ることがとにかく大事だと考えている。
それゆえソフトウェアの基盤として、arene(アリーン)のような車載OS(オペレーティングシステム)のプラットフォーム、その先にアプリをオープンアーキテクチャーで取り込める環境作り、これが大前提で構造改革を促すのだと思う。
我々が理解しているSDVやパートナーシップのあり方というのは、非常にオープンなプラットフォームをモビリティが受け入れられるようになっていく。
それによって自動車産業の付加価値を上げていくことと理解している。
こうした佐藤社長の発言のベースには、今回の決算会見の後半に佐藤社長が示した「2025年3月期 経営重点テーマ」がある。
具体的には、電気や水素などを活用したエネルギーとデータの可動性を高めること。 カーボンニュートラルに向けて、合成燃料を使う内燃機関の研究開発も含めた様々なパワートレインを国や地域の社会環境に応じて提供する「マルチパスウェイ」戦略をさらに進めること。
そして、車載OSのarene (アリーン)を中核として、エンターテインメント・テクノロジー分野や、生活・サービスの領域、エネルギー需給のためのインフラなど、多様な分野での「戦略的パートナーシップ」を構築することを示した。
こうした「モビリティカンパニーへの変革に向けた投資」として2025年3月期だけで総額1.7兆円を投じる。
そんな2025年3月期を、トヨタは未来に向けた「足場固め」と位置付けた。
その上で、「10年先の働き方をつくる」と提示した。その中に、「安全・品質を徹底した仕事」と、「個々人のスキル向上・人材育成」を含めている。
佐藤社長が今回指摘した、自動車産業の抜本的な事業構造改革におけるバリューチェーンの大変革。あくまでも筆者の私見だが、製造と卸売を行う自動車メーカーと、自動車メーカーから新車を仕入れて顧客に小売りする新車販売店との関係性にも何らかの変化をもたらすことが考えられる。
業績が好調の今だからこそ、トヨタが次世代に向けた大変革に本気で取り組む姿勢を示したと言えよう。
桃田 健史(ももた・けんじ) 日米を拠点に世界各国で自動車産業の動向を取材するジャーナリスト。インディ500、NASCARなどのレースにレーサーとしても参戦。ビジネス誌や自動車雑誌での執筆のほか、テレビでレース中継番組の解説なども務める。著書に『エコカー世界大戦争の勝者は誰だ?』『グーグル、アップルが自動車産業を乗っとる日』など。 ◎Wikipedia
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