【中国EV市場は戦国時代に】トヨタ自動車が提携相手にファーウェイではなくテンセントを選んだ本当の理由

 日本の自動車業界では電気自動車(EV)市場の勢力図を変えるような「大型提携」の発表が相次いでいる。その流れに乗って、ついに巨艦・トヨタも動きだした。海外勢に後れを取る日本企業の逆襲はあるのか──最前線をジャーナリストの井上久男氏がレポートする。【前後編の前編。後編を読む

【写真】関係者を驚かせた日産とホンダの提携。両社長のツーショット

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「実はファーウェイと組みたかったのではないか」

 今や世界最大の自動車ショーとも言われる「北京国際自動車ショー」で4月25日、驚きの発表がなされた。

 トヨタ自動車は中国のインターネット大手でソーシャルネットワークサービス「ウィーチャット」を提供している巨大企業・テンセントと提携するという。

 同社が持つ人工知能(AI)とトヨタの技術を組み合わせてクルマの知能化を推進させる計画だ。日産自動車も同ショーで、中国の検索エンジン最大手・バイドゥとの提携を発表している。

 かねて日本の自動車企業と中国企業の提携は業界内では噂されていた。日本側にとって組むメリットは大きく2つある。

 1つは日本企業が後れを取るAI分野で先行している点。2つ目は中国でビジネスをする以上は“郷に入っては郷に従え”で現地企業との提携は必要不可欠なことにある。

 トヨタの昨年の中国市場での販売実績は中国勢に押され、2年連続で減少していた。

 現在、中国でクルマの知能化に関して先進的な技術を持つのは通信機器大手・ファーウェイだと言われる。ある中国自動車産業の関係者は、「中国内では『実はトヨタはテンセントではなく、ファーウェイと組みたかったのではないか』との情報も流れていた」と明かす。

 ただし米中対立のなか、米国市場から製品を排除されているファーウェイと組むのはリスクが伴う。筆者の推察ではあるが、北米市場に強いトヨタは米国から睨まれるリスクを避けたのかもしれない。その点、テンセントは日本航空と提携し、KADOKAWAや楽天に巨額の出資をするなど日本と縁が深い。

世界最大の市場に「異変」

 中国では2023年に新車が前年比12%増の3009万台売れ、国別ランキングでは1位を堅持、そのうち電気自動車(EV)は24.6%増の669万台で、こちらも世界トップだ。EVの販売だけで日本の新車販売台数(477万台)を超える。

 その世界最大の自動車市場でいま、異変が起こりつつある。

「中国でのEV販売は、戦国時代に突入した。値下げによる販売競争が激化し、先行するBYD(比亜迪汽車)や米テスラも安泰とは言えず、最終的にどこが勝ち残るか見えなくなってきた」

 そう話すのは、中国・広州で機械メーカーを営む安江恒憲氏(72)だ。安江氏は中国人技術者を活用し、中国の自動車メーカーに最先端の設備を納入している。

 その異変が、EV界のトップランナー・テスラの業績に影響を与え始めた。同社が4月23日に発表した2024年1~3月期決算は、売上高が前年同期比9%減の約213億100万ドル(約3兆3243億円)、純利益は55%減の11億2900万ドル(約1761億円)で、減収減益となった。

 テスラの業績が落ち込んだ一因は中国メーカーの“値引き攻勢”に巻き込まれたことだ。

 中国ではスマートフォン大手のシャオミが北京で最新鋭の工場を稼働させ、今年3月、EV事業に参入した。最低価格が約21万元(約440万円)に設定され、テスラの主力車「モデル3」より1割程度安く、高級モデルは航続距離が「モデル3」より長い。「それを脅威に感じたテスラが発売する前から値引きに転じた」(中国駐在日系企業幹部)のだという。

クルマの知能化・スマホ化の競争へ

 テスラに限らず、BYDも「シャオミ潰し」で値引き攻勢に転じている。

 シャオミのEVは、最新AIを装備した自動運転技術を採用しているほか、アップル、サムスンに次ぐ世界3位のスマホの販売台数から得られた顧客基盤力をベースにする強みがある。

 脱炭素を起点に起きたEVシフトは今や、その競争の本質が、クルマの知能化・スマホ化──すなわち、いかに賢いクルマを作るかといった次元に進化している。米アップルはEVへの進出を断念したと報道されているが、業界では、「ハードとしてのクルマづくりはトヨタなど日本勢に勝てないので、クルマの知能化を進めるソフトウエアの開発に注力するのだろう」と見る向きもある。

 これを商機と見たIT関連企業が自動車産業に参入している構図だ。こうした流れは別名、「ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV=ソフトウエアで定義される車)化」とも言われる。

 SDV化が進むと、販売後も運転支援や事故防止などのシステムを「アップデート」できるようになる。

「今後はスマホがクルマのキーになり、あらゆることがデータで管理できるようになります。EVでなくてもSDV化はできますが、ハイブリッド車(HEV)はEVに比べてバッテリーが小さく、停止中の電力利用量に制限があるため不向きです」(大手自動車メーカー技術者)

後編に続く

【プロフィール】

井上久男(いのうえ・ひさお)/1964年生まれ。ジャーナリスト。大手電機メーカー勤務を経て、朝日新聞社に入社。経済部記者として自動車や電機産業を担当。2004年に独立、フリージャーナリストに。主な著書に『日産VS.ゴーン支配と暗闘の20年』などがある。

※週刊ポスト2024年5月17・24日号

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